8.14.2007

メモ:人間の関心への価格付けとか。

先日、日経IT Proで池田信夫氏が新著「ウェブは資本主義を超える」についてインタビューを受けていた(こちら)。いくつかメモっておきたい言葉があったのでこのエントリで。まずは情報過多の時代における希少性について。

情報の少ない世界では,情報が希少であるために情報に価格がつく。しかし情報が溢れるように提供された時、相対的に希少になるのは何か。経営学者ハーバート・サイモンは、それは情報が消費するもの、すなわち「人間の関心」だといいました。関心を集めるものに値段がつくようになります。

Googleのビジネスを説明する言葉はいくつか出回っているが、個人的にはこの「"人間の関心"に値段をつける(そして流通させる)」という言葉をあてはめてみるのがしっくりきた。検索の結果が表示されるページに広告(池田氏は"狭告"と表現している)を掲載することで、従来に比べより効果の高い広告効果を得る。まさしく彼らが扱っているのは(利用者の)intentionであって、(出稿者による)attentionとは似て非なるものなんだな。

続けて日本の携帯産業について。

世界の携帯電話市場で,日本メーカーのシェアは(海外と合弁のソニー・エリクソンを除けば)7%しかない。それなのに日本の携帯電話メーカーは9社 もある。その原因は,第2世代携帯電話の規格を決めるとき,郵政省が既存の通信事業者だけに無償で電波を割り当て,しかも技術標準まで日本ローカルの PDCという方式に統一したためです。おかげで日本の携帯電話は世界の市場から遮断されているので,超高機能・高コストの製品ばかり開発され,世界の市場 ではまったく通用しないが,キャリアが全量買い上げてくれるので,みんな仲よく共存できる。
こういう状況を,海部美知さん(在米コンサルタント)は「パラダイス鎖国」と表現しました。世界第2位の大きな市場で,ほどほどにもうかるパラダイスに安住しているうちに,日本のIT産業はグローバルな競争に取り残され,韓国や台湾にも抜かれつつあります。


このような日本市場の特殊性については様々な分野で語られているが、特に携帯電話分野の歪さ(いびつさ)については、iPhone登場以後、日本市場への導入の可能性を巡る議論の中で目にする機会が増えたように思う。そして国内の全メーカーの年間生産総台数がNokiaのたった3ヶ月分の出荷台数にほぼ等しいというようなことを聞くと、日本の携帯電話市場がガラパゴス諸島のように思えてくる。

でもこうした(グローバル・スタンダードではないという意味での)特殊性は、携帯電話に限らないように思う。自身が関わっているMBAを始めとする高等教育の分野では、とりわけアカデミックな分野においてその印象が強い。大抵の場合、監督省庁が音頭をとってM菱総研とかが莫大な予算を引き出して、「箱」とか「制度」とかつくって終わり、というパターンが多いなあ。つくりっぱなしというか、運用まで面倒を見ないというか。実情を無視した設計や、妥協だらけの企画でそうなってしまうんだろうか。自らの仕事も含めて反省せねばなるまいよ、と思った。

明日は仕事はお休み。暑くなりそうだ。